在日する人々と共に

5月11日は、私の友人の命日である。在日韓国人の誇り、地域の人々への導き、生きた証し、そして家族への愛が深い人だった。彼の心に思いを馳せながら、文章を書いてみた。
川崎市川崎区という地域は、戦前、戦中、戦後を通して、朝鮮半島出身者の、在日韓国・朝鮮人が多く住む、土地柄である。

私は小学校、中学校、高校と、かならず在日韓国・朝鮮人の友だちがいた。日本名(通称名)を名乗っていた子が多かった
家族が焼き肉店を経営していたり、「あたしのお父さんとお母さん、韓国人なんだ」と、告白されたりした。そうなんだぁ、と思いながらも、自分の家族とは少し違う、家族環境を受け入れいるのに、戸惑ったこともある。

高校卒業後、どんな職業につこうか迷っていた頃、友人を通して、社会福祉法人青丘社(せいきゅうしゃ)に出会った。園長先生は在日韓国人、保育士もほとんど在日韓国・朝鮮人。日本人保育士は一人だった。その状況に、思いっきりダイブする気持ちで、保育士として就職をした。保育士資格がないにもかかわらず。だが、後に、働きながら6年かけて、資格を取得した。
ちなみに「青丘」は、中国からみた東方の地域諸国をさし、また、朝鮮半島地域を示す言葉である。

私は異文化経験だと思い込んでいたが、何年か保育業務を必死にこなすうちに、朝鮮文化と日本文化の共通性を、見い出した。そして、異質観より共通観を楽しんだ。キムチは辛いけど、日本の白菜の塩漬けと似ている。「チジミは、てんぷら粉を少し使うとカラッと焼けるよ」と、ハルモニ(おばあさん)に教わった。ご飯に味噌汁を入れる汁めしは、クッパではないか!

現在、差別意識にがんじがらめになって、ヘイトスピーチを叫んでいる人々は、在日する人々や外国人と接したことはないのだろうか。隣人として、友人として、交流した経験がないのか。敵対したい観念が先に立つのか。その心をすべて読み解けないが、どちらにしても、コミュニケーション能力は低いと思う。
レイシズムは、あらゆる属性を固定的に見て、自分の解釈で、当事者を攻撃してくる。人種、民族、性差、障がい者、貧困層、等々。モノの見方が一方通行で、観念優先だから、支配したい感情がストレートに出るのだろう。

私が暮らし、仕事している川崎区は、さまざまな民族、人種の人々が住んでいる。同じ民族で家族を構成しているとは、限らない。パパは日本人、ママはフィリピン人。アボジ(お父さん)は在日韓国人、ママは中国人。ブラジル人や南米系の人々も在住し、民族的な複合家族が存在している。その子どもたちを、ハーフではなく、ダブルと私たちは呼ぶ。

どのような民族性でも、それぞれの個性を生かし、子どもの人権を尊重しようではないか。排除ではなく、地域のメンバーとして。異文化を楽しみ、学ぶ存在として。子どもたちと、その家族を受けとめてようではないか。

私の母は、山梨県の身延町で育った。かなりの山奥だ。そこに流れる早川のダム建設に、アジア・太平洋戦争中に、たくさんの朝鮮人(当時)が働いていた。その家族も共に暮らしていた。母が小学生の時、小学校分校の朝鮮人の男の子が、事故で亡くなった。小さな分校だったので、全員でお葬式に行った。「アイゴー、アイゴーって、家族や兄弟が泣いてたんだよ。本当にかわいそうでみんなで泣いたよ」と、子どもの頃から幾度となく聞かされてきた。

「アイゴー」とは朝鮮語で、感極まった時に発する言葉。子どもの頃から、母に聞かされていて良かった。今の自分があるのは、この言葉のおかげかもしれない。